エル・ニーニョが繰り返し起こる理由(遅延振動子理論)

太平洋の大気と海洋の相互作用が,不安定性を持ち,一旦通常の状態からずれはじめるとどんどんずれるという正のフィードバックが働く可能性がBjerknessによって指摘されています.しかしこれだけでは,エル・ニーニョに(またはラ・ニーニャに)なりっぱなしになってしまい,エル・ニーニョが2・3年〜6年おきに繰り返し生じるという特徴を説明することはできません.この特徴には,海洋中の大規模な波動である赤道ケルビン波ロスビー波とが,重要な役割をはたしていると考えられています.赤道ケルビン波は赤道上を東に伝播する波で,ロスビー波は赤道から緯度数度以上離れた場所を西へ伝播する波です.赤道ケルビン波は太平洋を3ヶ月で横断する速度(約3m/s)を持ち,ロスビー波はその1/3以下の速度で太平洋を9ヶ月で横断します.これらの波がどのようにしてエル・ニーニョを繰り返し生じさせるのかを,初めて説明したのが遅延振動子理論です.遅延振動子理論を,下のアニメーションで解説しましょう.


図5.遅延振動理論のアニメーション.まず最初に,太平洋中央部に暖かい海洋表面水温偏差があるとしましょう.するとこの暖かい水温偏差に東西から風が吹き込み,その風の吹き込みは南北に低気圧性の風の循環(cyclonic wind)を伴います.低気圧性の風の循環は,海洋の表面にやはり低気圧性の循環を生成します.この海洋の低気圧性循環は,地球が回転している効果で西へ伝播します.この伝播を,赤道ロスビー波(Rossby wave)と言います.海洋の低気圧性循環は暖かい表面が薄いので,周囲よりも水温が低く,低気圧循環によりロスビー波を冷たいロスビー波(cold Rossby)と呼びます.西に伝播した冷たいロスビー波は,西岸にぶつかると,沿岸ケルビン波と呼ばれる波で赤道に向かいます.沿岸ケルビン波が赤道に達すると,赤道ケルビン波(Kelvin wave)となって東に伝播します.冷たいロスビー波の薄い上層といういう特徴は,沿岸ケルビンにも赤道ケルビンにも受け継がれるので,この赤道ケルビン波を,冷たい赤道ケルビン波(cold Kelvin)と呼びましょう.この東に伝播したケルビン波が中央太平洋に達すると,最初暖かかった赤道中央太平洋が冷たくなり,符号が逆であることを除いて最初の状態に戻ります.この後は,符号が反転して上で説明した変動が繰り返されます.つまり高気圧性の風(anticyclonic wind)によって,暖かいロスビー波(warm Rossby)が生成され,それが西岸に反射してもたらされる暖かい赤道ケルビン波(warm Kelvin)が太平洋中央部に到達して1サイクルが閉じる.半周期の時間は,ロスビー波ケルビン波が伝播に要する時間の和で,その倍が1周期の時間となります.

この遅延振動子理論は,Schopf & Suarez (1988) によって提案されました.この理論以外にも,エル・ニーニョが繰り返すことを説明する仮説はいくつか提案されています.いずれの仮説でも,海洋の変化に時間がかかることが,エル・ニーニョが数年で繰り返す理由になっています.このように,海洋は大気のある程度以前の状態を記憶し,それがまた大気に影響することを可能とします.この海の記憶は,気候変動では重要な役割を果たします.

しかしこの遅延振動子理論には,いくつかの欠点がありました.大きな欠点は,説明されるエルニーニョの周期が,観測に比べて短くなることです.上の説明から,エルニーニョの半周期は,ロスビー波とケルビン波が伝播に要する時間の和で決まります.1周期はその倍になるので,大体2年程度が予想されます.しかし実際のエルニーニョは3-6年程度の周期を示すので,2年では短すぎるのです.この遅延振動子理論が提案された後に,微修正によってその問題を解決しようとする試みがさまざまになされましたけれど,十分な成功,つまり研究者の多数が納得できるだけの成功を収めた例はありませんでした.しかし,遅延振動子理論の提案からほぼ10年後に,Jin (1997)が提案した,充填放出振動子(recharge/discharge oscillator)という新しいモデルは,より広い支持を受けています.