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地震はなぜおこるか?
北海道大学・理学研究科・地球惑星科学専攻・宇宙測地学研究室
email: heki[amark]ep.sci.hokudai.ac.jp
日置 幸介(へき こうすけ)
はじめに:そもそもの原因
昨年以来新潟、福岡、宮城等で相次いだ地震災害やスマトラの津波の映像は、地震の持つ途方もない力をみせつけました。スマトラ沖で海の水をビルの高さに持ち上げた膨大なエネルギーはどこから来ているのでしょう。ここでは本公開セミナーの主題である北海道の地震・火山・津波災害の話題から少し離れて、それらのおおもとについて地球物理学的な視点から考えてみたいと思います。
地震(地震動)の直接の原因が断層での岩盤のずれであることは多くの方の知る事実ですが、そもそも断層で岩盤はなぜずれるのでしょうか。爪が伸びるくらいのゆっくりとしたプレートどうしの動きが、何十年何百年の歳月をかけてプレート境界の近くにひずみエネルギーを溜めてゆきます。それが断層ずれによって一気に解放されるのが地震です。プレートを動かす力は地球内部に熱対流を起こす力、つまり場所による温度の違いからくる浮力です。さらに突き詰めると、熱対流は地球が熱い自分自身の深部を冷やそうとする過程の一つです。プレート運動や地殻ひずみを地震の「犯罪グループ」とすると、黒幕は地球自身の「熱」といえそうです。
地球の層構造
地球の熱とダイナミクス
40億年以上前のはるかな昔、宇宙空間のちりやガスが自己重力で縮んで太陽系が生まれました。微惑星が合体する過程で膨大な重力エネルギーが解放され、生まれたての地球は表面が溶岩の海で覆われる高温の世界でした。誕生以来地球は冷えていきましたが、今にいたる道筋は単純ではありません。地球内部にはウランやトリウムなどの放射性壊変というもうひとつの熱源があるからです。結局地球はある程度冷えた時点で、表面で失う熱と内部で発生する熱がつりあって定常状態を保つようになります。どのような状態でバランスがとれるかには、天体のサイズが効きます。大雑把な議論ですが、表面から宇宙空間に失われる熱は表面積(半径の二乗)に比例し、放射性の熱源は体積(半径の三乗)に比例します。その結果同じような材料でできていれば、大きな星ほど表面の温度勾配が大きく内部温度が高い状態を保っています。大きなやかんのお湯が小さなやかんより冷えにくいのと同じ原理です。同じ頃に高温で生まれた地球と月を比べてみると、サイズの小さい月が早く冷えて火山活動も終わっているのが、地震や火山で今もにぎやかな地球と対照的です(ただし月と地球の場合原材料はかなり違います)。
地球の深部は鉄が溶けるほど高温になっています。体積で地球の九割ちかくを占めるマントル(図1)は、硬くて柔らかい「粘弾性体」です。一見固体ですが熱くなると粘性流体としての性質が強くなり、押し続けるとじわじわ変形します(とは言っても粘っこさを示す「粘性係数」は水のそれにゼロを二十個以上つけたくらい大きい)。中が熱く外が冷たい地球のマントル中ではゆっくりした熱対流が生じます。対流するマントルと冷たい外の空間のはざまにできる熱境界層がプレート(リソスフェア)で、冷えて流動性を失った厚さ百キロ程の硬い岩盤がその実体です。対流している熱いマントルは柔らかいのでそこにはひずみが溜まりません。地震が地球の比較的浅いところでしか起こらないのはそのためです。表面で十分冷えた海洋プレートはプレートの境界である海溝から地球深部にもどってゆきます。プレートの収束境界でおこる「沈み込み」です。沈み込み帯付近では冷たく硬くなったプレートどうしが押し合ってひずみがたまるため多くの地震が起こります。海底で大きな地震が発生すれば津波が生じます。沈み込んだ海洋プレートが持ち込んだ海水によって融点の下がったマントルは、一部が溶けてマグマとなり上昇します。それらが地表に達すると火山が生まれます。北海道を含む日本列島はこういった活発なプレート沈み込み帯に位置しています。
まとめてみましょう。深部の熱を効率よく宇宙空間に排出するために地球が行う工夫が熱対流で、その一環として比較的浅い場所で連続的にはたらく過程がプレート運動です(下部も含めたマントル全体では大規模な上昇流や下降流[プルーム]の活動による、より間欠的な過程が支配的になります)。地球くらいの大きさだと熱境界層が適度な厚み(数十キロから百キロほど)となり、プレート自身は変形せずに動いて、それらの境界に地震や造山運動が集中する「プレートテクトニクス」が実現します。地球はプレート運動で自らを冷やす星であり、中身は対流するくらい熱く表面は地震が起こるほど冷たいという微妙なバランスを保っています。
動きを測る
このような地球のダイナミックな姿を見ることはできるのでしょうか。残念ながらマントルが地球深部で「動いて」いるのを直接見る手段はありません。しかしマントル中の温度の不均一は地震波が伝わる速さのわずかな差として見分けることができます。これらの温度の差から、核の近くから上がってきた熱いマントルや地表から降りてきた冷たいマントルを見分けることができます。マントル対流のスナップショットが間接的ながら見えるようになってきたのはグローバル地震学がもたらした最近の地球科学のハイライトです。
マントル対流は地表ではプレート運動の形をとります。プレートの動きは、二十年ほど前にVLBI(超長基線電波干渉法)やSLR(衛星レーザ測距)などの宇宙技術を用いた測位(地上局の位置を正確に測ること)法が実用化されてから直接測ることができるようになりました(図2)。日本列島はプレートの沈み込み境界の近くにあります。プレートの境界近くにひずみが溜まってゆく様子(地震発生の準備過程)をみるには、地上局をびっしり並べる必要があります。人工衛星からの電波を受信して位置を知るGPS(全地球測位システム)は地上局が安価なためここ十年ほどで急速に普及しました。日本列島を始め世界の様々なプレート境界でGPSを用いた地殻変動の観測が大々的に行われています。
図2 GPSで測定された世界各地の連続観測局の動きとプレート。プレートの略号は次のとおり、af:Africa, am: Amuria, an:Antarctica, ar: Arabia, au:Australia, ca:Carib, co:Cocos, eu:Eurasia, in: India, na:North America, nb: Nubia, nz:Nazca, pa: Pacific, ph: Philippine Sea, sa: South America, sc: South China, sm: Somalia, sn: Sundaland。GPS速度データはJPLのM.Heflin氏による。日本海溝では太平洋プレートが日本列島の下に年間およそ8 cmの速さで沈み込んでいます。そこでは冷たく硬いプレートどうしが接触していますが、プレート境界面を断層として大きな地震が発生するかどうかには接触面の性質も影響します。すべりが良ければプレートはスムーズに沈み込んで大地震は発生しません。すべりが悪くて境界面が固着すると、プレートが自由に沈み込めない分、その周囲にひずみが溜まってゆきます。図3は東日本のひずみの蓄積をGPSでみたものです。日本列島は少しずつですが、日々東西に縮みつつあることがわかります。ある程度ひずみがたまった時点でプレート境界面が一気にすべって地震が起こります。こうして発生するのが海溝型地震で、2003年の十勝沖地震や2004年スマトラ地震がこれに相当します。海溝型地震は海底で発生するため大きな津波をしばしば伴います。一方押された日本列島の比較的浅い断層で小さな破壊が起こるのが内陸地震で、1995年の兵庫県南部地震はこれに当たります。地震の規模は海溝型地震に比べると小さいですが、直下で起こるために被害は却って大きいこともあります。
地震発生時の断層すべりの様子(どういう断層がいつどの方向にどれだけすべったか)は、地震計の記録からも推定できますが、断層運動が広範囲におよぼす地殻変動をGPSで観測することによって、より正確に把握できるようになりました。さらにGPSだと地震動をともなわない(地震計では見えない)ゆっくりした断層の動きも捕らえることができます。断層が時間をかけてすべる「ゆっくり地震」が見つかったのもGPSの成果です。これらの電波を使う測位法は陸上でしか使えなかったのですが、いま海底地殻変動観測が本格的に実用化を迎えつつあります。海上に浮かべたGPS受信機と海底においた音響トランスポンダー(海面から海底に向けて発した音波に反応して「やまびこ」を返す器械)を併用して海底局の位置を正確に測る技術です。プレート境界は海底にあることが多いので、まさに地震の巣にわけ入って地面の動きを直接測ることができます。
図3 東北と北海道のGPS観測局の動きを示す矢印。日本列島から見た太平洋プレートの運動方向がちょうど左向きになるように地図を傾けてある。日本列島は日本海溝で沈み込む太平洋プレートによって西に押し付けられ、その幅が毎年数センチずつ縮む。数十年から百年に一回プレート境界面を断層とした海溝型地震が発生し、太平洋岸は海に向かってせり出し、溜まった縮み(短縮ひずみ)がもとにもどる(解放される)。海溝のプレート境界でなく、日本列島の陸地部分が東西の短縮ひずみに耐えられずに地震を起こすこともある(内陸地震)。現在のGPS点は陸上部分に限られるが、海底地殻変動観測が本格化すると海洋地域でもこのような矢印を描くことができるようになる。おわりに
地球の自然な営みのひとつという視点で地震の原因についてお話ししてきました。では地震は未来永劫起こり続けるのでしょうか。地球は徐々に内部の熱源(放射性壊変して熱を発生する物質)を失って温度が下がってゆきます。冷えたマントルは硬くなって流動性を失います。その結果プレートはどんどん厚くなって、やがて沈み込めない「動かない蓋」状態になるでしょう。こうなると大きな地震は起こらなくなります。たとえばアポロの宇宙飛行士は月に地震計を置いてきました。月の地震計には地球が月を引っ張る力の不均一さ(潮汐力)の時間変化に応じて発生するごく小さな地震(深発月震)や隕石の衝突に伴う振動がたまに記録されますが、地球に比べると極めて静かなものです。地球がこうなるまでにはまだ途方もない時間がかかるでしょう。地球に住む我々人類は当分の間地震を正しく理解してうまくつきあってゆく必要があることは間違いありません。